社員の声 Colleagues' voice
日本と世界の架け橋に!
Pankaj
Sood
Captain
エムエムエス株式会社(東京)
私が日本の明治海運グループに到達するまでの道のりは長く、広大な海を何度も越える必要がありました。
インド北部ヒマラヤ山脈の中央に位置するシムラという(昔、インドの夏の首都だったところ)山中の町で育った私は、子どもの頃、海を夢に見ることさえありませんでした。なぜなら、私の家は一番近い海からでも1000キロ以上は離れており、海抜約8000フィート(約2400メートル)で、人々は「海の世界」などまったく意識していなかったからです。
高校生のころに私は様々な小説や書物を読みふけるにつけ海への憧れを育て、様々な国を訪れて異なる文化の人々に出会い、意見を交換してインドの向こう側にある世界のことをもっと知りたいと考えたものでした。
この夢がかなったのは、高校卒業後、インドで最も難しい試験の一つに通って晴れて商船隊の一員となったときでした。訓練のためにムンバイに到着した私は、生まれて初めて海を見たのです。
幸運にも私は高名な「Training Ship Rajendra号」に乗船することができ、そこからは世界を探検したいという情熱や旅を愛する気持ち、大海原を行く船を指揮したいという夢のおかげで「山の少年」が海に対して抱くであろう最初の恐怖を克服することができました。それからは一度も後ろを振り返らず、故郷の山を思い出すことさえしません。
思っていた通り、世界中を航海する仕事はとても楽しいものでした。私は業界大手の「Wallem Ship Management Ltd」で12年間働いて様々な大型船舶に乗船しましたが、特に楽しかったのは世界一大きなタンカー(ULCC)「Jahre
Viking号」で一等航海士を務めたときのことです。私はこの大型船を指揮して世界中の様々な国へ行きました。
最も印象に残る航海はスカンジナビア(とてもチャレンジングでした)と日本(日本人の礼儀正しさと親切心に感銘を受けました)でした。2002年後半に陸上勤務を決意したとき、私の当然の選択はスカンジナビアか日本に落ち着くことでした。
私は日本を選び、2003年2月11日にこの名高い明治海運グループの一員となったので、今でもまだ「新入社員」だと認識しています。私はエムエムエス株式会社のテクニカルマネージャーとして日本および海外の船主に明治海運グループの特色ある業務や、船舶管理において水準の高い専門的知識を提供しております。
私は明治海運グループの一員であることを誇らしく思っており、当グループは日本で最も変化に富んだ海運会社の一つであって、今や急速に日本と世界の架け橋となっている企業でもあると考えます。この会社は自らその多くを起こした改革と変化を経験しており、会社の財産となった莫大な知識や経験は、将来顧客に対して卓越した業務を提供するための充分な備えと言えるでしょう。
私はここ日本で、礼儀正しさや知性、勤勉さによって世界的に知られている国民に混じり、また、ともに働いていることを誇らしく感じます。
陸で成功を収めて昇進することが、今の私にとって挑戦的な目標です。私はこのグループで長く働きたいと願っており、いつの日か自分の価値を証明したいと思っています。
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